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名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)4277号 判決

原告

伊藤サカエ

右訴訟代理人弁護士

鈴木順二

被告

藤信興産株式会社

右代表者代表取締役

鷲見隼夫

右訴訟代理人弁護士

村上文男

宮﨑直己

大島都

右村上文男訴訟復代理人弁護士

元松茂

主文

一  被告は、原告に対し、金一四一万六八二〇円及びこれに対する平成五年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金四四二万三六六九円及びこれに対する平成五年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、ゴルフ場内の通路を歩行中に、遠隔操作のゴルフカートに追突されて負傷した被害者のゴルファーが、ゴルフ場の経営者に対し、民法四一五条、七〇九条、七一五条、七一七条に基づき、損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成五年六月九日午後一時三〇分ころ、三重県久居市稲葉町字石名田三一九一所在の被告経営の青山高原カントリークラブ内のクラブハウスからアウトスタート一番ホールのティーグラウンドへ向かう通路上を歩行中、背後から走行して来たゴルフカート(以下、単に「カート」という。)の前面下部が原告の右足首付近に追突し、原告は前方に転倒した(以下、これを「本件事故」という。)。

2  カートは、バッテリー電源を動力源とし、手動若しくは遠隔操作によって発進及び停止をし、地下約五センチメートルに埋設したループ線の上を同線の経路に沿って自動的に走行する。

3  本件事故現場付近においては、ループ線はアウトスタート一番ホールのティーグラウンドへ向かう通路の地下に埋設されており、歩行者とカートは、同一通路上を右ティーグラウンドに向かって同じ方向に進むことになる。

二  争点

1  本件事故と原告の傷害との因果関係

2  被告の責任(本件事故現場付近の危険性、被告の事故防止対策の欠如、被告の従業員の過失)

3  過失相殺

4  原告の損害

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件事故と原告の傷害との因果関係)について

(一)  証拠(甲三、一三、原告本人)によれば、原告は、平成五年六月九日の午前から青山高原カントリークラブで開催されたゴルフのコンペに参加するため、初めて同じカントリークラブを訪れ、午前中のプレーを終え、昼食をとった後、クラブハウスを出てアウトスタート一番ホールのティーグラウンドへ向かう通路を歩行中、背後から接近して来たカートに右足首付近に追突されて転倒し、左胸を地面に打ち付けたこと、原告はその際には胸に痛みを覚えることはなく、その場でキャディーから右足首に応急の手当てを受けた上、ゴルフのプレーを続行したが、翌日から胸が強く痛むようになったため、同月一一日に伊藤整形外科病院において診察を受けた結果、左第七肋骨骨折、右足関節挫傷との診断を受けたこと、原告には、本件事故のほか、肋骨骨折の原因として思い当たる節はないことが認められる。

(二)  右事実によれば、原告は、本件事故により、左第七肋骨骨折、右足関節挫傷の傷害を負ったものである。

二  争点2(被告の責任)について

1  証拠(甲一二の1、2、一三、一四の1ないし4、乙二の1ないし6、証人浦山脩、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告従業員の浦山脩は、青山高原カントリークラブにおいてカートの整備や運行の操作に従事している者であるが、本件事故当時、インコースからアウトコースに切り替わる地点において、インコースの走行を終えたカートが二、三台たまるごとに、これをアウトスタート一番ホールのティーグラウンドへ向かうループ線上の路面に乗せ換える作業を行っていた。

原告に追突したカートも、浦山がこのように乗せ換え作業をして発進させたものの一台である。

(二) カートの発進及び停止を遠隔操作により制御する装置(以下「リモコン装置」という。)は、ゴルフのプレー中はゴルファーが携帯し、プレーの進行とともにリモコン操作を操作してカートを移動させるが、前半のインコースのプレーが終了すると、ゴルファーはいったん右装置をゴルフ場側の係員に引き渡すこととなっている。

(三) 浦山は、カートを右(一)のとおりアウトスタート一番ホールのティーグラウンドに向かう経路に乗せ換える時に、ゴルファーから預かったリモコン装置をカート内に置き、カートのスタートボタンを押してこれを発進させる。すると、カートは、ループ線の経路に従い、自動的にアウトスタート一番ホールのティーグラウンドに向かって人がやや早足で歩行する程度の速度で走行し、所定の位置で自動的に停止して、アウトコースでのプレーを再開するゴルファーを待ち、ゴルファーがカート内からリモコン装置を取り上げ、その後はゴルファーが右装置によってカートの発進及び停止を操作することになる。

(四) カートの制御用のリモコン装置は、各カートごとにゴルファーが操作するための一個が用意されているのみで、作業員の浦山はこれを所持しておらず、したがって、浦山がカートを発進させてこれが浦山の下から離れた後は、浦山がカートの走行を制御する手段はないことになる。

ただし、カートは、前面のバンパー部分が衝撃を受けた時には自動的に停止するようになっている(証人浦山脩の証言中には、カートは、右のほか、前方一メートルないし1.5メートルに人等の障害物がある時にも自動的に停止する旨の供述部分があるが、右供述部分は、客観的な裏付けを欠く上、原告に追突したカートが現に原告に衝突する前に停止しなかったことに照らし、採用することができない。)。

(五) 原告が通行したクラブハウスからアウトスタート一番ホールのティーグラウンドに向かう通路は、途中でカートの走行路と合流し、合流地点から先は、ゴルファーとカートが同一通路上を右ティーグラウンドに向かって移動することになる。本件事故が発生した場所は、右の合流地点からわずかに右ティーグラウンド側に進んだ地点である。

(六) カートの走行経路は、浦山がカートの乗せ換え作業を行った場所から坂を上り、その後、右合流地点に向かって坂を下る勾配となっており、右作業場所からは上り坂が障害となって右合流地点付近を見通すことはできず、浦山は、カートを発進させるに当たり、クラブハウスからアウトスタートの一番ホールへ向かうゴルファーの右合流地点付近における動静を確認することはできない。

(七) 右合流地点付近には、歩行者の通路上をカートも同一方向に走行することについて、歩行者の注意を喚起するための看板その他の標示は何ら設けられていなかった。

また、浦山は、カートの走行に伴う危険の防止措置の方法について、上司から何らの指示も受けていなかった。

2  右事実によれば、被告の青山高原カントリークラブゴルフ場においては、クラブハウスからアウトスタート一番ホールのティーグラウンドに至るゴルファー用の通路が、途中で同一方向に向かうカートの走行路と合流する構造となっており、カートは人がやや早足で歩行する程度の速度で走行し、しかも、この間にあっては、遠隔操作によってカートを停止させる方法はないのであるから、ゴルファーの通行とカートの走行とが重なるときには、カートが走行するゴルファーに追い付き、これに衝突する危険があるものというべきである。

そうであるとすれば、被告は、ゴルファー用の通路とカートの走行路とを別個に設けて、右のような危険を抜本的に除去するか、それをしないのであれば、ゴルファーとカートが不用意に接触することがないよう、右合流地点付近にゴルファーの背後からカートが接近して来る可能性のあることを警告する看板その他の標示を設けるほか、被告の作業員をしてカートの発進作業に従事させるについては、作業員がアウトスタートの一番ホールに向かうゴルファーの動静を十分に把握し、カートとの衝突の危険があると考えるときには、歩行中のゴルファーに対して注意を促すなど必要な措置を講じた上でカートを発進させることができるような作業設備を整える義務があるものというべきである。

ところが、前記事実によれば、右合流地点付近には、ゴルファーに対し右のような警告を与える何らの標示も設けられておらず、しかも、カートをアウトスタートの一番ホールに向けて発進させる作業場所からは右合流地点付近におけるゴルファーの動静を見通すことができない構造となっており、被告の作業員は、その付近の安全を確認しないままカートを発進させていたのであるから、右のような被告のゴルフ場の設備の欠陥は、民法七一七条一項にいう被告所有の土地の工作物につき設置又は保存の瑕疵がある場合に当たるものといわなければならない。

三  争点3(過失相殺)について

前記のとおり、原告は、初めて青山高原カントリークラブを訪れ、ゴルフのコンペに参加し、昼食後、クラブハウスを出てアウトスタート一番ホールのティーグラウンドへ向かう通路を歩行中、背後から接近して来たカートに追突されたものであり、原告は、ゴルフのプレーを楽しむ客として被告のゴルフ場を訪れ、被告がゴルファーの通行用に設けた通路上をごく普通に歩行していたに過ぎないものであるから、右のような場所と機会において、原告に、背部からカートが接近して来て追突することがあることの可能性を予期すべき注意義務があるとはいえず、本件事故の発生につき原告に過失があるものということはできない。

もっとも、証拠(甲一四の2、乙二の5、6)によれば、本件事故現場付近の通路面には、カートの走行によるタイヤの痕跡が帯状に残されていることが認められるが、証拠(甲一三、原告本人)によれば、クラブハウスからアウトスタートに向かって歩行中であった原告の視野にはカートは全く入っておらず、カートの走行につき特に原告の注意を喚起するような事情は存在しなかったことが認められるから、通路に前記のような痕跡があるからといって、そのことの故に原告がカートとの衝突の危険性に思い至らなかったことについて過失があるものということはできない。

また、証人浦山脩の証言中には、浦山はカートが原告の背後に迫るのを坂の上から目撃して、原告に対し大声で警告を発したが、原告は同行するゴルファーとの会話に夢中になっていたために浦山の警告に気が付かなかったという趣旨の供述部分がある。右供述部分は、他の証拠(甲一三、原告本人)に照らし直ちに採用し難いところであるが、仮に、原告が右のとおり同行するゴルファーとの会話に夢中になっていたとしても、その時と場所を考慮すれば、原告に過失があるものということはできない。

四  争点4(原告の損害)について

1  治療費(請求同額)

一万三六二〇円

争いがない。

2  通院交通費(請求同額)

三二〇〇円

争いがない。

3  休業損害(請求額一九〇万六八四九円) 一〇〇万〇〇〇〇円

(一) 証拠(甲三、五、八の1ないし4、一〇の1、2、一一、一三、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和四九年一二月から名古屋市中区栄においてクラブを経営していたが、平成四年六月に共同経営者の宮本克之を代表取締役として資本金一〇〇〇万円の株式会社インターメディアを設立し、経営を会社組織に改め、自らは専務取締役として、夜間は引き続きクラブのママとして稼働し、昼間は携帯電話機の販売の営業に従事し、実質的には宮本と原告の二人の稼働によって右会社の経営を支え、原告は本件事故以前には右会社から役員報酬として月額一〇〇万円の支給を受けていたが、本件事故のあった平成五年中は、九二六万〇五〇〇円の支給を受けるに止まった。

(2) 原告は、本件事故による傷害の治療のため伊藤整形外科病院に平成五年六月一一日から同年八月九日まで通院し、これにより原告の傷害は治癒したが、右傷害のうち、右足関節挫傷については通院の初期に二、三回ガーゼを取り替える治療を受け、肋骨骨折については骨折部を固定するためにバストバンドという装具を装着したほかは問診で調子を聴かれる程度の治療を受け、その間の通院実日数は、同年六月中は四日、同年七月中は三日、同年八月中は一日の合計八日であり、バストバンドを着用した期間は六月一一日から七月九日までの約一か月間で、伊藤整形外科病院の医師は、原告の就労不能期間をバストバンドを着用していた右七月九日までとする診断をしている。

(二) 右事実によれば、原告の本件事故による就労不能期間は、本件事故の日から一か月と認めるのが相当であり、また、前記会社の設立時期、経営の実態に照らせば、同会社は設立の翌年の平成五年には未だ利益配当をなし得る段階には至っていなかったものと推認されるから、本件事故前に原告が右会社から支給されていた月額一〇〇万円の役員報酬は、その全額が原告の労働の対価であったものと認めるのが相当である。

そうすると、本件事故による原告の休業損害の額は一〇〇万円となる。

4  ボーナス減収額(請求額二〇〇万円)

原告は、本件事故による原告の欠勤のために前記会社の業績が低下し、その結果、原告は平成五年一二月度のボーナス二〇〇万円の支給を受けることができなかった旨主張し、甲第六、第一三号証及び原告本人尋問の結果中には右主張に沿う記載ないし供述部分があるが、右部分は客観的な根拠に欠けるのみならず、原告は平成四年度には右会社からボーナスの支給を受けた実績はなく、本件事故がなければ平成五年度にボーナスの支給を受けることができたとの事情を認めるに足りる証拠もないから、原告主張のようなボーナスの減収による損害は認め難いものといわなければならない。

5  慰謝料(請求額五〇万円)四〇万〇〇〇〇円

原告の負傷の程度、治療の経過その他本件訴訟に現れた諸般の事情を考慮すると、本件事故による原告の慰謝料の額は四〇万円と認めるのが相当である。

(裁判官大谷禎男)

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